1 神経麻痺の種類(1) 総論ア 交通事故で生じる神経麻痺のうち,上肢に発生するものとしては,①腕神経叢(わんしんけいそう)損傷,②橈骨(とうこつ)神経麻痺,③尺骨(しゃっこつ)神経麻痺,④正中(せいちゅう)神経麻痺があります。
下肢に発生するものとしては,⑤腓骨(ひこつ)神経麻痺があります。
イ 神経根引き抜き損傷は,腕神経叢損傷(わんしんけいそうそんしょう)のうち,神経移植術等による損傷部の再建が不可能な症例です。
ただし,
日本救急医学会HPの
「引き抜き損傷」には,「従来,回復不能な損傷とされていたが,最近では一部の機能回復をめざし神経移行術が施行されることもある。」と書いてあります。
ウ 日本整形外科学会HPの
「腕神経叢損傷」,
「撓骨神経麻痺」,
「尺骨神経麻痺」,
「正中神経麻痺」,
「手根管症候群」,
「腓骨神経麻痺」を参照しています。
(2) 腕神経叢損傷ア 腕神経叢は,首の部分の脊髄から出てくる第5頚神経(C5)から第8頚神経(C8)と第1胸神経(Th1)から伸びる神経群であり,鎖骨と第1肋骨の間を通り, 腋窩(えきか。脇の下)に向かって分布しています。
それぞれ枝分かれしながら,腋窩(えきか)神経,筋皮神経,正中神経,橈骨神経及び尺骨神経という5本の上肢の神経となります。
イ オートバイの転倒事故やスキーなど高速滑走のスポーツでの転倒で肩と側頭部で着地した際,又は機械に腕を巻き込まれて腕が引き抜かれるような外力が働いた場合,腕神経叢が引き伸ばされて損傷します。
ウ 腕神経叢損傷は,損傷高位と範囲により,上位型,下位型及び全型に分けられます。
一般成人の腕神経叢損傷では,全型が多く,ついで上位型,下位型は少ないです。
エ 上位型の腕神経叢損傷がある場合,肩の挙上,肘の屈曲が不可能となり,肩の回旋,前腕の回外力が低下します。上腕近位外側と前腕外側に感覚障害があります。
下位型の腕神経叢損傷がある場合,前腕にある手首・手指の屈筋や手の中の筋(骨間筋、小指球筋)の麻痺により、手指の運動が障害されます。前腕や手の尺側に感覚障害があります。
全型の腕神経叢損傷がある場合,肩から手まで上肢全体の運動と感覚が障害されます。神経根の引き抜き損傷があると,ホルネル徴候(眼瞼下垂(がんけんかすい),眼裂(がんれつ)狭小,瞳孔(どうこう)縮小)が見られます。
オ 様々な脊髄神経の神経線維が網目状に入り組んだ部分を神経叢と呼びます(
MSDマニュアルの
「神経叢疾患」参照)。
(3) 橈骨神経麻痺ア 橈骨神経は,上腕骨の後ろを走行して,前腕の外側を通って手に向かう神経です。
イ 橈骨神経麻痺の場合,手の甲がしびれるとか,親指と人差し指でうまく握れないとか,手首に力が入らず,手が垂れ下がるといった症状が現れます。
(4) 尺骨神経麻痺ア 尺骨神経は,上腕,肘の内側を通って,前腕部から手先まで走行している神経です。
イ 尺骨神経麻痺の場合,薬指と小指のしびれがひどいとか,まっすぐ伸ばすことができないといった症状が現れます。
ウ Wikipediaの
「頚椎症」には,「尺骨神経障害では感覚障害が手首より遠位部第4指の尺側と第5指の掌側と背側が障害される。C8~T1根症では手首より前腕に感覚障害が広がっている。 」と書いてあります。
(5) 正中神経麻痺ア 正中神経は,手にとって最も重要な神経で,正中神経の傷害は,鋭敏な感覚と巧緻性を要求される手にとって致命的なダメージになります。
イ 肘より上の外傷で正中神経が損傷を受けた場合,親指等の感覚障害,手首の屈曲,手指の屈曲等の能力が障害されます。
前腕から手首までの外傷で正中神経が損傷を受けた場合,親指の感覚障害等が発生します。
ウ 正中神経が手首(手関節)にある手根管(しゅこんかん)というトンネル内で圧迫された場合,手根管症候群として,親指,人差し指及び中指のしびれ,痛みが発生します。
エ Wikipediaの
「頚椎症」には,「正中神経障害では感覚障害は手首より遠位部の掌側に限局し、第4指は橈側半分が障害される。C6~C7根症では手首より前腕の方に感覚障害の分布が広がっており手背部も障害される。」と書いてあります。
(6) 腓骨神経麻痺ア 腓骨神経は,坐骨(ざこつ)神経から分かれて,膝関節の裏側から膝外側を下降して足指まで走行する神経です。
イ 腓骨神経麻痺の場合,足首と足指を垂れ下がって歩行が難しくなるとか,すねの外側から足の甲がしびれるといった症状が現れます。
2 電気生理学的検査(1) 総論ア 電気生理学的検査としては,筋電図(きんでんず)検査及び神経伝導速度検査があります。
MSDマニュアルHPの
「脳,脊髄,末梢神経の病気の検査」の「筋電図検査と神経伝導検査」によれば,
神経根症又は脊髄症によるしびれがある場合,筋電図検査が有効であり,末梢神経障害によるしびれがある場合,筋電図検査及び神経伝導速度検査が有効であると思われます。イ 電気生理学的検査は,整形外科ではなく神経内科で実施される検査ですから,整形外科医に診療情報提供書(=紹介状)を書いてもらう必要があります。
ウ 神経麻痺が電気生理学的検査により認められた場合,12級以上の後遺障害等級の認定につながります。
そのため,薬指と小指のしびれがひどいとか,手が垂れ下がるとか,足首と足指が垂れ下がるといった症状がある場合,電気生理学的検査で確認できる神経麻痺が原因である可能性がありますから,12級以上の認定を狙う場合,電気生理学的検査を受けて下さい。
(2) 筋電図検査(EMG)ア 筋電図検査とは,被検査者の筋肉に針を刺して,筋肉の興奮時の電気活動を観測する検査をいいます。
イ 筋電図検査により,筋力低下の原因が神経にある(神経麻痺につながります。)のか,筋炎や筋ジストロフィーなどの筋肉そのものにあるのかが分かります(
CMT友の会HPの
「神経伝導検査」参照)。
ウ 筋電図検査で得られる記録を筋電図と呼びます。
脊髄神経根,末梢神経,筋肉又は神経筋接合部の異常によって筋力低下が起こっている場合,筋電図に異常がみられます。 体のどこにどのような問題があるかに応じて,症状,診察結果,筋電図検査の結果にそれぞれ異なるパターンの異常が現れます。
検査技師が日常的に行えるCT検査や脳波検査と異なり,筋電図検査では,専門知識をもつ神経科医が適切な神経と筋肉を選択して,得られた結果を解釈する必要があります(
MSDマニュアルHPの
「脳,脊髄,末梢神経の病気の検査」の「筋電図検査と神経伝導検査」参照)。
エ 筋電図検査は,針を筋肉に刺す検査ですから,痛みを伴います。
(3) 神経伝導速度検査ア 神経伝導速度検査とは,
末梢神経の病気が疑われる患者を対象に実施されるものであり,同一神経の2点に電気刺激を与え,その反応電位の波形の時間差を測定する検査をいい,運動神経を評価するものと,感覚神経を評価するものとがあります。
イ 腕について行う場合,正中神経又は尺骨神経においてそれぞれ運動神経繊維及び感覚神経線維を調べ,足について行う場合,脛骨(けいこつ)神経で運動神経繊維を,腓腹(ひふく)神経で感覚神経線維を,腓骨(ひこつ)神経で運動神経繊維及び感覚神経線維を調べます(
CMT友の会HPの
「神経伝導検査」参照)。
それぞれの神経線維に沿って2箇所以上で電気の刺激をして,画面上で波形(活動電位)が現れるのを確認し,その間隔での時差から,伝わる速度(伝導速度)を調べます。
ウ
脳,脊髄,脊髄神経根又は筋肉だけに異常がある場合,神経伝導速度検査では正常な結果が出ます(
MSDマニュアルHPの
「脳,脊髄,末梢神経の病気の検査」の「筋電図検査と神経伝導検査」参照)。
エ
にいがたB級情報ファイルHPの
「神経伝導速度検査」の末尾によれば,正常値の下限は,上肢が秒速50m,下肢が秒速40mみたいです。
オ 近大医学部奈良病院臨床検査部の
「末梢神経伝導速度検査とは」には以下の記載があります。
通常の検査では主に2種類の検査を行っています。
① 運動神経伝導速度検査
「手や足が動かしづらくなる」などの症状がある時,運動に関わる神経の伝導速度が遅くなっていることがあります。このような変化がないかを調べます。
② 感覚神経伝導速度検査
「しびれや痛み,熱さや冷たさの感覚が鈍くなる。」などの症状がある時,感覚に関わる神経の伝導速度が遅くなっていることがあります。このような変化がないかを調べます。