(1) 関節可動域の表示について,我が国では第2次大戦前に慣例になっていた方法が,昭和23年に日本整形外科学会総会において改訂され親しまれてきました。
(2) 昭和49年6月1日,日本整形外科学会身体障害委員会及び日本リハビリテーション医学会評価基準委員会は「関節可動域表示ならびに測定方法」を作成しました。
(3) 平成7年2月9日,日本整形外科学会身体障害委員会及び日本リハビリテーション医学会評価基準委員会は「関節可動域表示ならびに測定方法(平成7年4月改訂)」を作成しました(障害年金の手引HPの「関節可動域表示ならびに測定法(平成7年2月改訂)」参照)。
(4) 労災保険における関節可動域の測定方法は従前,昭和49年の「関節可動域表示ならびに測定方法」に基づいていました。
しかし,平成12年3月14日,同日付け基発第128号に基づき,平成7年の「関節可動域表示ならびに測定方法」に基づくこととなりました(平成12年4月15日付の広島県医師会速報(第1720号)参照)。
2 主要運動及び参考運動
(1) 総論
ア 主要運動とは,各関節における日常の動作にとって最も重要なものをいい,参考運動とは,日常生活において主要運動ほど重要でないと運動をいいます。
関節の可動域は,原則として主要運動の可動域によって評価されるものの,場合によっては,主要運動と参考運動によって関節の機能障害の程度を評価する場合があります。
イ 多くの関節にあっては主要運動は一つでありますものの,脊柱(頚椎),肩関節及び股関節については,二つの主要運動があります。
ウ 参考運動がある3大関節は肩関節,手関節及び股関節だけです。
(2) 部位ごとの主要運動及び参考運動(厚生労働省HPの「関節の機能障害の評価方法及び関節可動域の測定要領」参照)
ア 脊柱
① 脊柱(頚椎)の場合,主要運動は屈曲・伸展,回旋であり,参考運動は側屈です。
② 脊柱(胸腰椎)の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動は回旋,側屈です。
イ 上肢の関節
① 肩関節の場合,主要運動は屈曲及び外転・内転であり,参考運動は伸展です。
・ 肩関節については,屈曲は前方挙上,伸展は後方挙上,外転は側方挙上ともいいます。
・ 平成16年6月30日までの労災保険の認定基準では,屈曲及び伸展の両方が肩関節の主要運動になっていました。
② 肘関節の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動はありません。
③ 手関節の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動は撓屈(とうくつ)・尺屈(しゃっくつ)です。
・ 手関節については,屈曲は掌屈,伸展は背屈ともいいます。
④ 前腕の場合,主要運動は回内・回外であり,参考運動はありません。
⑤ 手の親指(母指)の場合,主要運動は屈曲・伸展,橈側外転,掌側外転であり,参考運動はありません。
⑥ 手指の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動はありません。
ウ 下肢の関節
① 股関節の場合,主要運動は屈曲・伸展及び外転・内転であり,参考運動は外旋・内旋です。
② 膝関節の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動はありません。
③ 足関節の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動はありません。
・ 足関節については,屈曲は底屈,伸展は背屈ともいいます。
④ 足の親指(母指)の場合,主要運動は屈曲・伸展,橈側外転,掌側外転であり,参考運動はありません。
⑤ 足指の場合,主要運動は屈曲・伸展であり,参考運動はありません。
(3) 運動の意味
解剖学における運動の表現によれば,それぞれの運動の意味は以下のとおりです。
① 屈曲:関節の角度を小さくする運動
② 伸展:関節の角度を大きくする運動
③ 外転:体肢を身体の中心面から遠ざける運動
④ 内転:体肢を身体の中心面に近づける運動
⑤ 外旋:体の前方に向かうある部分を外の方へ向ける運動
⑥ 内旋:体の前方に向かうある部分を内の方へ向ける運動
⑦ 回外:前腕軸を中心にして,掌を上に向ける運動
⑧ 回内:前腕軸を中心にして,掌を下に向ける運動
3 脊柱,上肢又は下肢の主な関節の主要運動の参考可動域,及び後遺障害認定の基準(健側が参考可動域と同じである場合の数値です。)
(1) 脊柱
ア 頚部
・ 屈曲(前屈)は60度,伸展(後屈)は50度,その合計は110度ですから,55度以下が8級,15度以下が6級です。
・ 回旋(右)は60度,回旋(左)は60度,その合計は120度ですから,60度以下が8級,10度以下が6級です。
・ 平成16年6月30日までの労災保険の認定基準では,脊柱(頚部)の運動可動域角度が参考可動域角度の2分の1以下になった場合,6級が認定されていました。
イ 胸腰部
・ 屈曲(前屈)は45度,伸展(後屈)は30度,その合計は75度ですから,35度以下が8級,10度以下が6級です。
・ 平成16年6月30日までの労災保険の認定基準では,脊柱(胸腰部)の運動可動域角度が参考可動域角度の2分の1以下になった場合,6級が認定されていました。
(2) 上肢
ア 肩関節
・ 屈曲(前方挙上)は180度ですから,135度以下が12級,90度以下が10級,20度以下が8級です。
・ 外転(側方挙上)は180度,内転は0度,その合計は180度ですから,135度以下が12級,90度以下が10級,20度以下が8級です。
→ 肩関節の内転は下垂状態から上腕を内側に動かす動作ですから,可動域は0度となります(幻冬舎HPの「肩関節の基本的な動作で使われる筋肉とは?」参照)。
イ 肘関節
・ 屈曲は145度,伸展は5度,その合計は150度ですから,110度以下が12級,75度以下が10級,15度以下が8級です。
ウ 手関節
・ 屈曲(掌屈)は90度,伸展(背屈)は70度,その合計は160度ですから,120度以下が12級,80度以下が10級,20度以下が8級です。
エ 前腕関節
・ 回内は90度,回外は90度,その合計は180度ですから,90度以下が12級,45度以下が10級です。
・ 平成16年6月30日までの労災保険の認定基準では,前腕の回内・回外運動については,手関節又は肘関節の参考運動として取り扱われていました。
(3) 下肢
ア 股関節
・ 屈曲(膝屈曲の場合)は125度,伸展は15度,その合計は140度ですから,105度以下が12級,70度以下が10級,15度以下が8級です。
・ 外転は45度,内転は20度,その合計は65度ですから,45度以下が12級,30度以下が10級,10度以下が8級です。
・ 股関節の動きは,きこうカイロ施術院ブログの「股関節の動きと目標可動域」のイラストが分かりやすいです。
イ 膝関節
・ 屈曲は130度,伸展は0度,その合計は130度ですから,95度以下が12級,65度以下が10級,15度以下が8級です。
→ 厚生労働省HPの「関節の機能障害の評価方法及び関節可動域の測定要領」には「例 ひざ関節(屈曲)に大きな可動域制限があり、健側の可動域が130度である場合は、可動域制限のある関節の可動域が、130度の10%を5度単位で切り上げた15度以下であれば、ひざ関節の強直となる。」と書いてあります。
・ 膝関節の屈曲の計測は,股関節屈曲位で行いますところ,きこうカイロ施術院ブログの「膝関節の動きと目標可動域」のイラストが分かりやすいです。
・ 昭和49年の測定方法では,伏臥位(ふくがい)(=腹臥位(ふくがい),俯せ(うつぶせ))で膝関節の可動域を計測することになっていましたが,平成7年の測定方法では,仰臥位(ぎょうがい)(=仰向け(あおむけ))で膝関節の可動域を計測することになっています。
なお,臥位(がい)は,寝ている姿勢のことであり,横を向いて寝ている姿勢は側臥位(そくがい)といいます。
・ 正座をするためには膝の関節可動域が140度から150度ぐらい必要である(愛媛大学医学部附属病院人工関節センターHPの「膝関節部門概要」参照)にもかかわらず,膝関節の屈曲の参考可動域が130度となっている理由は不明です。
・ 平成30年10月5日付の厚生労働省の不開示通知書によれば,膝関節の参考可動域が130度となっている理由が分かる文書は厚生労働省に存在しません。
ウ 足関節
・ 屈曲(底屈)は45度,伸展(背屈)は20度,その合計は65度ですから,45度以下が12級,30度以下が10級,10度以下が8級です。
(3) 前腕関節の可動域制限の後遺障害等級認定根拠
厚生労働省の「せき柱及びその他の体幹骨、上肢並びに下肢の障害に関する障害等級認定基準」には,「前腕の回内・回外については、その可動域が健側の1/4以下に制限されているものを第10級、1/2以下に制限されているものを第12級に準ずる関節の機能障害としてそれぞれ取り扱うこと。」と書いてあります。
4 その他の基準
(1) 可動域制限の判定方法
厚生労働省HPの「関節の機能障害の評価方法及び関節可動域の測定要領」には以下の記載があります(ナンバリングを追加しました。)。
関節の強直とは、関節の完全強直又はこれに近い状態にあるものをいう。
イ 後遺障害等級8級が認定される「関節の強直」の場合,角度を5度単位で切り上げるのに対し,後遺障害等級10級が認定される「著しい機能障害」の場合,及び後遺障害等級12級が認定される「機能障害」の場合,角度を5度単位で切り上げることはありません(弁護士法人あさかぜ法律事務所 交通事故相談室HPの「上肢三大関節(肩,肘,手)下肢三大関節(股,膝,足)の機能障害と後遺障害等級」参照)。
(3) 主要運動が複数ある関節の機能障害
(4) 脊柱の運動障害の認定条件
ア 「せき柱に著しい運動障害を残すもの」とは,以下のいずれかにより頸部及び胸腰部が強直したものをいいます。
ウ 項背(こうはい)とは,うなじ及び背中のことです。
この場合,患側の下肢が健側の下肢と比べて1cm以上短縮した場合,後遺障害13級が認定され,3cm以上短縮した場合,後遺障害10級が認定され,5cm以上短縮した場合,後遺障害8級が認定されます。
イ 例えば,後遺障害10級相当の可動域制限が発生し,かつ,患側の下肢が健側の下肢と比べて1cm短縮した場合,後遺障害として併合9級が認定されることとなります。
ウ 上肢の短縮障害について後遺障害が認定されることはありません。
(1) 関節の運動は,原則として直交する三平面(前額面,矢状面及び水平面)を基本面とする運動です。
① 前額面(冠状面)
一側から反対側の方向へ体を前後に分ける垂直面をいいます。
② 矢状(しじょう)面
体に正面から矢が当たったときに,矢が刺さる方向をいいます。
③ 水平面(横断面)
関節の運動は直交する3平面、すなわち前額面、矢状面、水平面を基本面とする運動である。ただし、肩関節の外旋・内旋、前腕の回外・回内、股関節の外旋・内旋、頸部と胸腰部の回旋は、基本肢位の軸を中心とした回旋運動である。また、母指の対立は、複合した運動である。
(3) パーソナルトレーナーによる健康・ダイエットブログの「筋トレにおける矢状面・前額面・水平面のプランニング」に図が載っています。
6 後遺障害診断書への記載場所
関節の可動域制限の具体的内容(関節名,運動の種類,他動の右・左,自動の右・左)は,後遺障害診断書右下の「⑩上肢・下肢および手指・足指の障害」欄のうち,「関節機能障害(日整会方式により自動他動および健側患側とも記入してください)」欄に記載してもらうこととなります。
7 関節の可動域制限に関する参考HP
(1) リーガルモールHPに「可動域制限とは?可動域制限と後遺障害との関係について解説」が載っています。
(2) 後遺障害等級認定NAVIに「関節可動域の測定方法と読み方」が載っています。
(3) 死亡事故・後遺症SOS 弁護士が交通事故被害者をサポートHPに「可動域制限と労働能力喪失期間」が載っています。
(4) 東京交通事故相談サポートHP(青山通り法律事務所)に「上肢・手指の関節機能障害(肩・ひじ・手首・手指の可動域制限など)」及び「下肢・足指の関節機能障害(股関節・ひざ・足首・足指の可動域制限など)」が載っています。
(5) 茨城県ケアマネジャー協会古河地区会HPに正常関節可動域と計測法(日整会、日リハ学会制定)が載っています。股関節の屈曲の正常値は,膝屈曲がなければ90度であり,膝屈曲があれば125度です。
(6) 理学療法学第41巻第8号の「関節可動域制限の発生メカニズムとその治療戦略」に専門的な説明が書いてあります。
(7) NPO法人日本せきずい基金HPの「第5章 可動域制限」には「身体は骨格系、筋肉、関節によって形作られている。骨格は関節と呼ばれる骨の接合部がいくつも連なってできている。関節の働きには、自由に体を動かすことを可能にすることと、体重を支えることがある。それぞれの関節は筋肉、腱、靱帯および関節包によって覆われ、それらによって関節は安定に保たれている。筋肉は関節と交叉していて、骨を動かしている。」と書いてあります。
(8) 「健常老人の四肢主要関節の可動域について-性差および参考値との比較-」右上79頁には,「健常老人のROM(注:関節可動域)の性差については,一般に女性のROMが大きい傾向にあり,特に肩関節屈曲・伸展・外転,肘関節屈曲・伸展,前腕の回内,SLR・内旋,膝関節屈曲および足関節屈曲の10項目で著しく,逆に股関節屈曲・外転・外旋は逆に男性が有意に大きい値を示していた。」と書いてあります。
(9) 食事をする場合,肩関節は方向調整を行い,肘関節は伸縮調整を行い,手関節は微調整を行い,手指は,掴む,握る,つまむ,引っ掛ける,掬う(すくう),押さえるといった役割を担っています(旅とリハビリテーションのブログの「食事動作と上肢の働きについて4つのポイント」参照)。
(10) リハログと題するブログに,「座位について考えてみました。正座、あぐら、しゃがみ位に必要な関節可動域は? 」が載っています。
(11) 堺の弁護士泉田健司のブログの「可動域制限の後遺障害と後遺障害診断書」には,可動域測定に熟練されていない医師として以下の医師がいると書いてあります。